第1回インタビュー
2025/11/18
30分のウォーキングより、3分の筋トレを!
筋肉に負荷をかけてこそ「運動」になる
健康の維持・増進のために運動は欠かせません。では、改めて「運動」とは何でしょうか。ウォーキングのような有酸素運動は日常動作、基礎であって、「運動」と呼べるかは疑問です。交通機関が発達し、移動のために足腰を鍛える必要もなく、労力を使う家事も減った現在、私たちの運動量は昔に比べて激減しています。さらに、高齢化社会の日本では加齢とともに筋肉量は減少する一方で、それは平坦な道を歩いたぐらいでは取り返せません。特に都市においては全身の筋肉のほとんどを使わなくても暮らしていけるので、私は近未来の日本人の運動量に関して強い危機感を持っています。人間も動物ですから、運動は生命力と直結しています。
まずは今ある筋肉を動かすことが大切です。不思議なもので、筋肉は一度壊さないと強化されず、壊すためには負荷をかけなくてはいけません。筋肉に負荷をかけてこそ、「運動」と言えるのです。
腹筋を3分すれば、30分歩くよりも効果的です。
筋力トレーニングで自分の体重をしっかりと支えられる身体を維持することで、ロコモティブシンドローム(運動器症候群。通称ロコモ)を予防できます。ロコモは、骨や関節、筋肉などの運動器が衰え、歩行や立ち座りなど日常生活に障害をきたしている状態です。筋肉が萎縮して力が出ない「サルコペニア」と呼ばれる状態がロコモを招き、やがて心身のいろいろな歯車がうまく回らなくなる「フレイル」になっていきます。フレイルは、いわゆる「不健康な状態」を指し、要介護や寝たきりになる主因です。ですから、継続的な筋力トレーニングによって、我が身の運動器をできるだけ長持ちさせることが健康長寿のカギなのです。
ロコモには診断テストもありますが、私は、脚の大きな筋肉を使う「階段の上り下り」が一種のバロメーターになると考えています。階段を上って息が切れるようなら要注意。無理は禁物なので、上りの時に息切れするようでしたら、下りだけでも階段を使うとか、脚を動かしましょう。脚の筋肉は階段を下りる時、伸ばされつつ体重を支えるという負荷がかかっています。筋繊維は、縮める時よりも、ゆっくり元の長さに戻りながら力を出し続ける時に壊されるという性質があり、壊れた後に再生することで鍛えられます。お相撲さんが四股を踏むのも同じ原理で、あの動作は筋力を鍛えるのに有効なのです。
筋肉はエネルギーをたくさん使うため、年齢を問わず、痩せたい人こそ筋肉を増やしましょう、と言いたいですね。筋肉量がないまま運動をしたところで効率良くエネルギーを消費することはできません。反対に、筋力をつければ消費エネルギーが増え、それだけ代謝も良くなるというわけです。

ラットで証明された水素吸引の有効性
アスリートの酸素吸引効果を研究していた頃、水素も研究してほしいと佐藤会長(当財団の理事長)から話がありました。最初は疑心暗鬼でしたが、水素を吸ってから自転車を全力でこぐフルペダル実験を学生たちとおこなったところ、吸引前よりパフォーマンスが上がったのです。そこで、水素濃度を上げた環境でラットを飼い、筋肉中のエネルギー物質(ATP)がどうなるかを研究テーマに、実験しました。その結果、実際に増えていることがわかりましたので、論文発表しました(SAKURAI T. and SATO K., J. Phys. Fitness Sports Med., 13(6): 199, 2024)。
健康に水素が及ぼす研究は1980年代からありますし、医療現場では水素ガス吸引の効用が以前から知られていましたが、国際的なレポートが出てきたのはここ5年ほどです。肺から体内に入った水素は、血中の水素イオンとなって全身の細胞に運ばれます。大気中の水素の約1000倍の濃度の水素ガスを鼻や口から直接吸う方法は、水素水を飲んで腸粘膜から取り込む方法よりも効率的と言えるでしょう。とはいえ、なぜ水素が効くのか、水素イオンの経路や、医学的なメカニズムの詳細は未解明で、現在進行中の議論でもあります。
スポーツ科学の現場に身を置く私としては、水素が、ATP生成に加え、脂肪分解、酸化ストレス除去などに役立ち、酸素摂取量や血中乳酸※濃度の増加にも寄与しているという実験データを蓄積しつつあり、順次、論文にして発表する予定です。
※最近の知見では、瞬発的な運動によって発生する乳酸は、持続的な有酸素運動に必要な物質として体内でリサイクルされており、やっかいな「疲労物質」などではありません。

「よく食べてよく寝る」ことが健康の基本
無重力環境に1週間いた宇宙飛行士は、筋力が落ちて立てなくなってしまいます。脚の筋肉が減ると歩行に影響をきたし、骨折や転倒を起こしやすくなります。立てない、歩けないことが予防医学の面でリスクとなるのはご存知のとおりで、いちばん避けたいのが寝たきりになること。寝たきり状態が長引くと、心肺機能も落ち、心拍出量が低下します。
心臓の筋肉が強靭なのはよく知られています。私たちの心臓は体躯の高い位置(胸部)にあるため、拍動によって送り出された血液を、脚の筋肉が送り返してくれないと循環せず、この循環がうまくいかないと健康でいられません。ふくらはぎが「第二の心臓」と言われる所以です。生きていく力の源は、精神力を除けば、主に筋力だというのが持論です。心臓も、呼吸する横隔膜もすべて筋肉で動いているからです。「体力があること」イコール「筋力があること」なのです。
人間が動物としての運動機能を保つためには、筋肉痛が起きるぐらいの筋力トレーニングが必要ですし、その前提として、脳から筋肉に指令を送る神経回路が形成される子ども時代に、「身体を動かす遊び」をしっかり経験しておくことが重要です。これは小さいお子さんのいるご家庭にはぜひ伝えたいメッセージです。
ところで、筋肉を形成する体細胞はタンパク質から作られます。このことは最近よく取り上げられる高齢者の低栄養にも関係しており、実はいくつになっても積極的にタンパク質を摂る必要があるのです。肉や魚を食べ、筋肉に刺激を与えて=運動して血流を上げ、そして、よく眠りましょう。私は今も毎日8時間ぐらい寝ていますよ。よく運動した日はよく眠れます。皆さんも良質の睡眠を心がけて、明日の活力にしてください。

1966年神奈川県川崎市生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科卒。大学時代は陸上競技部で十種競技の選手として活躍、競技の面白さや奥深さに取り憑かれ、スポーツ科学研究の道へ。東京都立大学、東京農業大学を経て、桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部スポーツテクノロジー学科教授、同大学院スポーツ科学研究科教授。大学で教鞭を執るかたわら、財団法人日本陸上競技強化委員会委員、日本オリンピック委員会強化スタッフコーチ等を歴任。アスリートの競技パフォーマンス向上から高齢者の健康増進まで身体活動を科学的にサポートする研究をおこなう。2022年、カザフスタン共和国アル・ファラビ・カザフ国立大学客員教授に就任。一般財団法人ミライ健康財団副理事長。ジュニア世代の発掘、強化やパラ・スポーツの普及、強化にも携わっている。
